ディアスポラの文化経済的実践としてのグローバルシネマ研究会
院生代表者
- 権藤千恵
教員責任者
- 岸政彦
企画目的・実施計画
本研究の目的は、ディアスポラ(華僑、越僑等移民)の受入国における文化経済活動について、映画を事例に議論し越境する人々と文化経済活動、さらに活動から生み出された「モノ」のグローバル展開について明らかにすることである。
本プロジェクトでは今年度はケーススタディとしてベトナムにおける帰国越僑の映画製作活動を取り扱った。現代ベトナム映画を牽引する帰国越僑のメディア実践(映画制作)を通じて、1)越僑の文化活動はどのように行われてきたのか2)越僑たちはなぜ祖国への移動とメディア実践を選んだのか 3)共にメディア実践を行う人々のネットワークはどのように形成されたのかについて明らかにし、ディアスポラが生み出すモノの移動としての映画=グローバルシネマについて地域研究、移民研究、人類学、社会学等、様々なディシプリンから読み解くことである。当初の実施計画は、
1. 春セメスター~夏休み
・ 研究会(研究分担/先行研究に関するディスカッション)、ベトナム映画上映+研究会の実施(3回程度)
・ 論文講読
2. 秋セメスター以降
シンポジウムの開催(小~中規模なもの。予算を鑑みて今年度はベトナムからの招聘を検討)
であった。
活動内容
本研究の活動は春・夏セメスターから秋セメスターにかけては日本で見ることができるベトナム映画を鑑賞し、監督とのオンラインカンファレンスによるヒアリングを実施した。今年度は『ベトナムの怪しい彼女』(2016年 ベトナム)を事例に、監督のファン・ザー・ニャット・リン監督から現在のベトナム映画、映画産業の状況、越僑との関わりなどについて話を伺った。
秋に予定していたシンポジウムについては国際平和ミュージアムと共同でベトナム映画のフィルム上映を実施したことから
・ベトナム映画上映会 ダン・ニャット・ミン『サイゴンの少女ニュン』 2018年12月4日(火)実施
・オープンワークショップ『かわいいはベトナム!』2018年12月5日(水)実施
を開催する運びとなった。講師にはベトナムで映画プロデューサーとして多くの実績を持つJenni Trang Le氏を招聘し、話を伺った。
- 公開研究会「かわいいはベトナム!──かわいいから探るベトナムのこれまでとこれから」
日時:2018年12月5日(水) 18:30開場 19:00開始
場所:MTRL京都(マテリアル京都)
【スピーカー】
ジェニー・チャン・レ(映画「The Rebel 反逆者」「ホイにおまかせ」プロデューサー)
トミザワ ユキ(料理研究家)
西澤智子(写真家)
*詳細はこちら
成果及び今後の課題
今年度は12月に実施したイベントを中心に活動を行った。対して文献購読などの研究会についてあまり定期的に実施することができなかったことが反省点となる。
成果は大きく2点ある。ひとつは、ベトナムというフォールドを通じて帰国越僑—ディアスポラの視点を生の声を通じて理解することができたことである。帰国越僑が歴史や文化を越えてアメリカやフランスからもたらした「モノ」が映画という表象を通じてベトナムの文化へと融合されているベトナムの今の姿を体感することができたことは大きな収穫であった。
計画時に提示した3つの問いについても触れておきたい。1)越僑の文化活動はどのように行われてきたのか については、ゲスト招聘したJenni Trang Le氏の言葉を借りれば「アメリカのベトナム系アメリカ人コミュニティがきっかけとなった」ということになる。北米特にLe氏の出身校UCLAがあるロサンゼルスとその近郊にはベトナム系アメリカ人のコミュニティがあり、エスニックコミュニティ毎の映画や演劇活動が盛んに行われていた背景がある 2)越僑たちはなぜ祖国への移動とメディア実践を選んだのか、については1)と同様にベトナム系アメリカ人の映画製作者たちが2000年頃からベトナムでの映画製作に乗り出したことがきっかけであると考えられる 3)共にメディア実践を行う人々のネットワークは1)2)が背景にあると想定される。しかしながら、あくまで今回の考察はあくまでアメリカの帰国越僑を事例にしたものであり、フランスや他国では状況が異なると考えられる。ベトナムでの映画製作・メディア製作をめぐる多様なコミュニティについては継続して研究を進めたい。
もう1つの成果は映画フィルムの発掘である。計画時は想定していなかったが、立命館大学が所蔵するベトナム戦争期の16ミリフィルムをフィルム上映することができたことは、本研究会のもうひとつの成果となった。今回上映した『サイゴンの少女ニュン (Chi Nhung)』はベトナムを代表する映画監督であるダン・ニャット・ミンがベトナム戦争期に共同監督を務めた北ベトナム製作のプロパガンダ映画である。ダン・ニャット・ミンの作品はベトナム戦争を扱ったものやベトナム国家の共産的なイデオロギーを謳ったものが多いが『市井の人々を描く』というダンの映画の姿勢は今回上映した『サイゴンの少女ニュン』にも見て取れた。現代ベトナムの歴史を映画を通じて体験してきたダン映画の初期作は『10月になれば』『グァバの季節』などの後年の傑作を同時に読み解くことでベトナム戦争下のプロパガンダ映画をより深く読み解くきっかけになるだろう。なお『サイゴンの少女ニュン』の16ミリフィルムについては、保存状態は良好であったが、字幕については16ミリへのプリント時から読みにくくなっていたこともあり、プロジェクトとして字幕のデジタルデータを作成する作業に協力した。
映画にまつわる研究は映画論や作家論を想起しがちであるが、本研究会のように映画に関わる人々を追う社会学的なアプローチも存在する。今後も移民やトランスナショナルな人々について、映画を通して考察する手段として、本研究会のような研究グループでの活動を継続したいと考えている。
構成メンバー
・権藤 千恵
・浅山 太一
・今里 基
・OUYANG Shanshan
・酒向 渓一郎
・長島 史織
・Lu Zhihao