映画を通じて問いなおす「記憶」の形成
院生代表者
- 梁 説
教員責任者
- 渡辺 公三
企画目的・実施計画
【目的】
本企画の目的は、人々の〈記憶〉を映画(映像)として表出する作品を鑑賞することで、記憶の歴史の描かれ方、記憶の継承のされ方、記憶の変転の有り様を、文学、社会学、人類学といった領域横断的な知見から考察することを目的としている。
映像作品の制作者は、人々の生活の中の政治・文化・宗教・差別といった数多くの要素が混然としている現実の諸相をありのまま映し出す作品を通して、人文科学がテーマとする〈記憶〉や〈語り〉といった概念の基底となる構造を表出しており、見る側の〈記憶〉についての思考を喚起させる。〈記憶〉という共時・通時を内在する概念について、映画という現代の事象表現から読み解こうとする本プロジェクトの試みは、「表象」理論と実践に挑むものであり、このことは本プロジェクトの意義としてある。また、公開研究会を前提としている点においては、個人では観賞困難な映画作品を広く一般に鑑賞する機会を提供するという点においても意義を備えている。
【実施計画】
今年度は以下の4つのテーマ設定から、映画上映会と講演会(勉強会)を実施する。
①多文化主義を考える:『人間ピラミッド』(ジャン・ルーシュ、1961)、『La Haine(憎しみ)』(マチュー・カソビッツ、1995)、『移民の記憶』(ヤミナ・ベンギギ、1997)
②水俣を周辺から考える:『もんしぇん』(山本草介、2005)、TVドキュメンタリー作品(現在検討中)
③当事者としての表現を考える:『M』(ニコラス・プリビデラ、2007)
④原一男を見てから考える:『ゆきゆきて神軍』(原一男、1987)、『全身小説家』(原一男、1994)、『極私的エロス恋歌1974ニュー・バージョン』(原一男、1974)、『さようならCP』(原一男、1972)
◆勉強会と講演会の開催
・作品上映に先立ち勉強会の開催と、上映とあわせた講演会を予定。
活動内容
- 岡村淳監督 ドキュメンタリー上映企画 ―移動と映像、ささやかな闘いの軌跡―の実施。
- 映画 『Mエム』 「上映会×ゲストトーク」の実施。
- ―予感された… 記憶― 『移民の記憶 -マグレブの遺産-』、『人間ピラミッド』、『La Haine(憎しみ)』:上映会の実施。
8月2日(日) 13:00~19:00 於)立命館大学衣笠キャンパス学而館第二研究室
当初は「水俣を周辺から考える」のテーマで、関連する映画の上映を予定していたが、1987年よりブラジルに移住し、南米の日本人移民(農民運動、在外被爆者)や社会・環境問題(ブラジル水俣病、環境サミット)、動植物の生態・古代遺跡などを撮影してきた岡村淳監督を招聘する機会に恵まれたため、岡村氏の映像作品「神がかりの村山口県嘉年(かね)村物語」(1993/26分)/「常夏から北の国へ 青森・六ヶ所村のブラジル日系花嫁」(1994/26分)/「郷愁は夢のなかで」(2003/155分)の三作を上映し、作品をもとに監督をまじえて討議をおこなった。
2015年11月8日 (日)13:00〜17:10 於)立命館大学衣笠キャンパス 充光館301教室
1976年、アルゼンチン軍事政権下、突如消息不明になったマルタ・シエラの真相を追った映画の上映を通して、「歴史」「不在」「記憶」の問題について掘り下げた。南米アルゼンチンブエノスアイレスの日系社会を主なフィールドとしながら、アルゼンチンを中心とするラテンアメリカ社会と日本やアジアの近現代の中で、人の存在のあり方、その移動と変遷について多角的な研究を行う石田智恵氏から、アルゼンチンの軍事政権下で起こった惨劇を、世界的/ラテンアメリカ的/アルゼンチン的な時代と社会の文脈から解説いただき、また、その後続くアルゼンチン社会での惨劇への「沈黙」について説明いただきながら、会場との質疑応答や議論を行った。
2月16日(火)18:30~、2月24日(水)16:00~ 於)Books × Coffee Sol.
当初は「多文化主義を考える」というテーマで、上記三作の上映を予定していたが、シャルリー・エブド襲撃事件、パリ同時多発テロのフランスの現状を受けて、移民社会・フランスを捉える上映会に設定変更を行った。
新年早々のシャルリー・エブド襲撃事件から、パリ同時多発テロで幕を閉じた 2015 年、そして2005 年のパリ郊外での若者の暴動… フランスで起こったこれらの事件に通底するものを探すことで、いま起こっている問題をとくための糸口を探る試みの上映会と位置づけ開催した。フランスがここにたどり着いた経緯を民衆の声から検証すること、そして、わたしたちの問題として、現在のヘイト・スピーチにもつながる問題設定の場、議論の場となることを「予感」、 かつ切望し、アカデミックに囲われた(守られた)大学から飛び出した「場」として「Sol.」での上映を行った。フランスにおける移民政策に関する勉強会の開催、映画鑑賞後、参加者による検討会・協議等を行った。
成果及び今後の課題
本院生プロジェクトでは年間の活動を通じて、共同体から引き裂かれる個人、共同体の引き裂き、その引き裂きの事実を忘却、被覆、変質させるための新しい語りや記憶が創造される様を見てきた。加えて、過去を忘却しきれない人たちが新たな「記憶」と「忘却」の狭間で自己の引き裂きを経験し、その引き裂きをどのように自らの「生」に引き受けてきたのかを考え続けてきた。それは近代という世界構造に、一人の人間が対峙するとはどういうことなのかという問いを私たちに与えた。そこにもう一つの記憶の継承の姿を見いだせるかどうか、この問いを引き受けることが、本研究プロジェクトの課題である。また、当初予定していた原一男氏のドキュメンタリー映画の鑑賞は、立命館大学図書館外での鑑賞が不可という理由により、予算の関係上実施できなかった。今後はより計画的な企画立案を試みる。
構成メンバー
梁 説 共生領域
岩田 京子 共生領域
児嶋 きよみ 共生領域
北見 由美 共生領域
荒木 健哉 共生領域
八木 達祐 共生領域
小田 英里 共生領域