映画を通じて問いなおす「記憶」の形成
院生代表者
- 梁 説
教員責任者
- 渡辺 公三
企画目的・実施計画
企画目的
本企画の目的は、人々の<記憶>を映画(映像)として表出する作品を鑑賞することで、記憶の歴史の描かれ方、記憶の継承のされ方、記憶の変転の有り様を、文学、社会学、人類学といった領域横断的な知見から考察することを目的としている。
映像作品の製作者は、人々の生活の中の政治・文化・宗教・差別といった数多くの要素が混然としている現実の諸相をありのまま映し出す作品を通して、人文科学がテーマとする<記憶>や<語り>といった概念の基底となる構造を表出しており、見る側の〈記憶〉についての思考を喚起させる。<記憶>という共時・通時を内在する概念について、映画という現代の事象表現から読み解こうとする本プロジェクトの試みは、「表象」理論と実践に挑むものであり、このことは本プロジェクトの意義としてある。また、公開研究会を前提としている点においては、個人では観賞困難な映画作品を広く一般に鑑賞する機会を提供するという点においても意義を備えている。
実施計画
2013年度は、パレスチナとイスラエルにおける人々の〈記憶〉に着目し、パレスチナ人とユダヤ人二人の監督による共同作品『ルート181』を取り上げ、上映会とワークショップ及び上映に向けて事前勉強会を行う。事前勉強会では、パレスチナ/イスラエル史、アラブ系ユダヤ人に関する先行研究、『ルート181・パレスチナ‐イスラエル 旅の断章』 (季刊前夜別冊)の読書会を行う。また、年間を通じた<記憶>をめぐる研究は、構成メンバーの個々の研究テーマと重なるものであり、研究の成果は個別の研究に反映されるものである。
活動内容
連続映画上映企画「「大陸三部作」から見る日本帝国」の実施
日本帝国において絶大な人気を誇った李香蘭(山口淑子)は、後の自伝『李香蘭 私の半生』(1987)において大陸三部作を「日本の大陸政策を宣伝するプロパガンダ」であると評している。もっとも有名な「支那の夜(戦後版「蘇州夜曲」)」に加え、「白蘭の夜」「熱砂の誓い」を通してみることで、日本帝国におけるジェンダー秩序やモダニズムなどこれまで植民地研究のなかで議論されてきた論点をふまえつつ、日中関係の緊張が高まる現在の東アジアの磁場にひきつけつつ、それぞれの作品を議論する場として上映会を企画した。学内者のみならず、学外から李香蘭研究者も参加するなど、映画を通して見えてくる日本の帝国主義統治について活発な議論がなされた。
◇12月12日(木)16:30~
「白蘭の歌」上映会とディスカッション
◇12月13日(金)16:30~
「支那の夜 蘇州夜曲」上映会とディスカッション
◇12月14日(土)15:00~
15:30まで満州三部作制作の背景と日本の満州統治についてのレクチャー(番匠健一)
「熱砂の誓ひ」上映会とディスカッション
映画「ルート181」上映会&講演会と前夜祭企画「豊穣な記憶」上映会の実施
本企画は、映画(映像)を通じて、「記憶」という事象を再確認し、問い直すことを試みようとした企画である。院生自らが個々の研究課題に接近させながら問い直しをすることによって、記憶の形成、記憶の継承のされ方、記憶の変転の有り様を、文学、社会学、人類学といった領域横断的な知見から考察することを目指したPJであり、鑑賞作品として1947年11月29日、国連によるパレスチナ分割決議181で採択された国境線が、半世紀以上経った現在、どのような状況になっているかを人々の日常の語りを通して描いた「ルート181」を選んだ。
また、映画上映会を開催するにあたり、田浪亜央江氏を講師として招聘した。田浪氏はインパクションの編集委員を長く務め、「ミーダーン〈パレスチナ・対話のための広場〉」という団体において中心的に活動を展開する。パレスチナ、イスラエル両方に精通し、かつナショナリズムや植民地主義の視点からパレスチナ/イスラエルの状況を、日本とつなげて捉える視点の持ち主であり、本企画にとって有意義なレクチャーがもたらされ、ディスカッションならびに交流会の場で、初めて知ったパレスチナ―イスラエルの現実について、活発な議論が展開された。
◇2月7日(金)〈前夜祭〉 17:30~
『豊穣な記憶』上映会
◇2月8日(土) 11:00~18:00
『ルート181』上映会、田浪亜央江氏による講演と質疑応答
18:30~ 参加者による懇親会
連続上映企画「日本帝国と映画」の実施
12月に開催の大陸三部作で、日本帝国の満州国家建設に関するディスカッションが深まり、継続した研究会の要望があり本企画開催となった。今回は倉本知明氏(台湾文藻大学非常勤講師)、呂艶宏氏(龍谷大学社会学研究課博士課程)を招いて、上映会と映画に関連する研究発表を行った。
◇2014年2月10日 15:00~19:00
第1回 『暁の脱走』上映会と研究発表「田村泰次郎「春婦伝」」
研究発表:「何が語られ、何が隠されたのか―「春婦伝」から「暁の脱走」へ―」
倉本知明(台湾文藻大学非常勤講師)
◇第2回 2014年2月18日 15:00~19:00
『サヨンの鐘』と研究発表「李香蘭の身体」
※発表を依頼していた呂艶宏氏が体調不良のため欠席。上映会後、参加者とのディスカッションを行った。
成果及び今後の課題
「大陸三部作」から見る日本帝国」企画、「日本帝国と映画」企画では、当時の映画政策、時代背景、満州国における日本帝国主義というものに着目し、映画を通した歴史検証を行うことができた。また、当企画は立命館大学生存学研究センター若手研究者研究力強化型「植民地主義研究会」との共催であり、相互の研究連携を構築した。
「ルート181」上映会では、インタビューという手法を通じて、人間の「記憶」構築のあり様を多角的に見てとることができた。また、講演会では「記憶」というものがいかに言語(土地の呼び名など)と結びついているのか、思索を深めることができた。生存学研究センターとの共催企画として、「“生きて存るを学ぶ”――この行為(試み)の中で、「記憶」はいかに位置づけられるのか」という問いに対しては、今後も継続的探究を行う。
普段の生活者の姿に触れることが少ないパレスチナ-イスラエルの人々の日常に触れる機会という意味でも、一般に上映を公開した意味は大きい。今後の課題としては、映画という表象をいかに個々の研究課題に接近させていくか、有効な方法をプロジェクト研究会を通じて見いだしていきたい。
構成メンバー
- 梁説 先端総合学術研究科 共生領域 2010年度入学
- 児嶋きよみ 先端総合学術研究科 共生領域 2011年度入学
- 大谷通高 先端総合学術研究科 公共領域 2005年度入学
- 中井和夫 先端総合学術研究科 共生領域 2011年度入学
- 濱本真男 先端総合学術研究科 生命領域 2009年度入学