ソーシャル・プラクティスとアート研究会(2022年度)

院生代表者

  • 藤本 流位

教員責任者

  • 竹中 悠美

概要

 本研究の目的は、現代アートあるいは社会学の文献を用いた講読会を行うことによって、近年にはより社会的な実践として問われる現代アートのあり方についての知見を深めることである。
 具体的な内容については以下の通りである。2022年6月から2023年2月にかけて美術分野に関連した研究を行なうメンバーによる月例の研究会を実施する。研究会では文献の講読に加えて、レジメの制作を行ない、発表形式によって講読会を進めていく。また、秋学期以降からは文献講読に加え、関西圏の美術館・芸術祭を対象としたフィールドワークを実施し、その調査報告を行なっていく。
 本研究の意義は、表象および公共領域からなる学際的な院生メンバーによって、21世紀以降の現代美術において注目されている「ソーシャル・プラクティス」としての現代アート作品とその理論についての議論を行なう点にある。そこでは、各領域のなかで前提とされる理論や事例を共有することによって、専門分野だけにとどまることのない幅広い知見の獲得を狙っていく。また、研究会におけるレジメ制作・調査報告など、研究発表において必須となる実務的な演習を通して、研究者としてのスキルアップを目指すことも意義の一つである。

活動内容

第一回研究会
日時:2022年6月25日(土)
場所:究論館プレゼンテーションルームC
内容:研究会の指針と今後の調整事項の相談。本研究会が問題とする「ソーシャル・プラクティス」としての現代美術の実践についての事例とその理論を共有し、そのさらなる具体的な先行研究として2022年に邦訳刊行されたニコラ・ブリオーの『ラディカント』の講読を行なっていくことを説明した。
第二回研究会
日時:2022年7月13日(水)
場所:究論館プレゼンテーションルームC
内容:『職業は専業画家』の著者であり、ギャラリーに所属することなく専業画家として日本画を制作する福井安紀さんをお招きし、実践者としての立場から作品制作や経済活動に関するお話をしていただいた。日本画の歴史的な変遷のなかで自身の作品がどのように制作されているのかといった方法論のほか、実際に作品を購入していただくための戦略などをお聞きした。
先端総合学術研究科院生プロジェクトスタートアップ報告会
日時:2022年7月23日(土)~25日(月)
場所:創思館303、304教室
第三回研究会
日時:2022年8月4日(木)
場所:Zoom
内容:ニコラ・ブリオー『ラディカント』序論〜第一部までの講読。1990年代以降のグローバリゼーションの到来による現代美術の変化のなかで、問題視される西洋主体の「多文化主義」的なイデオロギーによる特異性の還元に対して、ブリオーによって主張された「オルターモダニティ」の概念を中心とする議論を行なった。ここでブリオーは対象の特異性を「翻訳」することの重要性を説くが、講読会のなかでは、キュレーターのブリオー自らによる「翻訳」の事例が記述されていないことへの批判がなされた。
第四回研究会
日時:2022年8月30日(火)
場所:Zoom
内容:ニコラ・ブリオー『ラディカント』第二部〜訳者解説までの講読。文化的特異性の還元に抵抗する事例として、トーマス・ヒルシュホーンやティノ・セーガルといったアーティストが参照され、素材の乱雑な扱われ方、行為そのものの作品としての提示など、21世紀の現代美術に特有の実践が論じられている。これに対して講読会では、研究会メンバーそれぞれの見地から、この論旨に沿った具体的なアーティストを事例として議論の俎上に乗せながら、検討を進めていった。そのなかでは昨年度に東京にて展覧会が開催されていたクリストなどが上げられた。
第五回研究会
日時:2022年9月30日(金)
場所:プレゼンテーションルームA + Zoom
内容:研究会メンバーであるKim Kyoが制作に参加した映像作品《Sol in the Dark》(監督=Mawena Yehouessi)の視聴、検討会を実施した。同作品では、フランス国内を中心に波及するマイノリティのアイデンティティ、若い移民者世代の問題意識をテーマに、デジタル文化と、「LASCAR」と呼ばれるフランスのスラムを拠点に活動する若者に焦点が当てられている。検討会では、意図的に情報過剰な映像といった制作の手付きに対する見解や、映像内容を踏まえて、マイノリティの人々によってコミュニティが形成される場合、それ以外の人々が意図的に排除されるような傾向にあるといった指摘がなされた。
第六回研究会
日時:2022年11月18日(金)
場所:国立京都国際会館
内容:アートフェア「Art Collaboration Kyoto」へのフィールド調査。
第七回研究会
日時:2022年12月11日(日)
場所:究論館プレゼンテーションルームA + Zoom
内容:前回のフィールド調査内容の報告、および検討会。それぞれの調査者がフェアにて展示されていた作品をピックアップするというかたちで報告を行なった。また、全体を踏まえた検討会のなかでは、日本国内のギャラリーが親交のある海外のギャラリーを招聘し、コラボレーションというかたちでそれぞれのブースを展開するアートフェアとしての特性、海外のアートフェアの傾向との対比などから、アートフェアとして作品を見ることへの理解を深めた。

成果及び今後の課題

 本研究会にて実施した講読会によって、『ラディカント』を各領域、各参加者の視点から、検討し、内容の理解を深めることができた。さらに、映像作品の視聴やフィールドワークなど、より実践的な事例を扱った検討によって、批評的な作品の鑑賞と議論の経験を積むことができた。しかし、フィールド調査に関しては一度の実施に留まってしまったため、次年度以降の研究会ではより多くのフィールド調査を実施することが望ましいと思われる。

構成メンバー

藤本 流位
柴田 惇朗
Kim Kyo
髙畑 和輝
中川 陽平
西本 春菜

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